プロが演出する憩いのバー

プロが演出する憩いのバー

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極上の空間を提供する

美味しいお酒を心ゆくまで味わいたい。
そんな要望を叶えてくれる場所といえばどこでしょうか?

 

レストランやカフェは、食事をするのがメイン。
居酒屋も良いけど騒がしくなると居心地が悪い。
五感はそれぞれが独立しているように思えますが、
実は違いいます。

 

特に味覚は、その他の感覚に左右されやすいのです。
何かを食べるとき、目で見て、香りを感じ、食器に触れるという行為をカットすることは出来ません。
周囲の音も、当然耳に伝わってきます。
こういった過程を経て食物は口から入り、舌を刺激するのです。
味覚以外の感覚を疎かにした食事は、物足りないと思うこともしばしばあります。
どんなに美味しくても、盛り付けが雑な料理は箸が進みにくいですよね。
従業員の対応が不十分といった心理的悪影響も、料理の味を変えてしまいます。
お酒を飲む場合も同じです。
周りから邪魔されることなく、お酒を楽しみたいならバーへ行きましょう。

 

静かにお酒を飲みたいなら自宅で充分。
そんな先入観を持っている方はいませんか?
バーでは「どのお酒をどんなふうに飲んだ方が、本来の魅力を味わえるか」という点が考え尽くされています。

 

例えば、グラスについて考えてみましょう。
炭酸系のお酒には、コリンズグラスというグラスを使うのが一般的です。
泡立ちやドリンクの色を視覚で楽しむための工夫がなされています。
白ワインを飲むときは、温度の上昇による味の変化を避けるために、
比較的小さなグラスを用いるのです。
自宅で飲むときに、ここまで気を回すことは困難です。
バーではお酒に関するプロフェッショナルが、最高のお酒を提供してくれるのです。
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洋酒と日本文化の融合

日本では江戸時代に開国されるまで、洋酒といわれるものが一般大衆の手に渡ることはありませんでした。
開港された長崎や横浜では、外国人をもてなすためのホテルが建てられました。
日本におけるバーの始まりは、こうしたホテルの中のバーカウンターだったのです。

 

外国からの来訪者の要求に応えるために、バーテンダー達は技術を身につけていきます。
明治になって日本人向けのバーが誕生すると、鍛え抜かれたバーテンダー達のおかげで少しずつバーが定着していきました。

 

2つの大戦を境に、バー文化は一時存続の危機を迎えます。
戦争中は営業を停止され、バーテンダーの多くは戦地に赴いていたためです。
戦後のバー文化を復興させたのは、またしても外国人でした。
占領軍が利用するホテルバーだけは、営業の再開を許されていたため、バーテンダー達は再び腕を振るいます。
終戦から約5年後、お酒の販売が自由化されたことを機に、各地にスタンドバーが生まれました。

 

需要に応じて、バーの様相の二極化が進行します。
1つは、高級なお酒を飲むための本格的なバーです。
もう1つは大衆向けのバーです。
そこでは、お酒を飲むこと以外の付加価値に重きを置かれるようになります。
スナックやキャバレーなどが良い例です。
高度経済成長以降になると、生活に余裕が生まれ、洋酒に食指を伸ばす人がさらに増加しました。
バブル崩壊後であっても、本格派のバーは根強い人気を保ち続けます。
反対に大衆向けクラブの跡地に個人営業のバーが建つこともあったのです。
時流が大きく変化しても、生き残ることが出来た本格派のバー。
バーテンダー達の惜しみないサービスが、客の心を強く惹きつけたのです。
 

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